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港谷太一
ミナトヤ タイチ

役職:院長

店舗:愛子バランス整骨院

初めまして!
明るく元気に!道産子の気持ちは忘れない北海道出身の港谷太一と申します!
少しだけお付き合い頂きまして私の自己紹介をさせて頂きたいと思います。

私は北海道江別市で生まれ、とても優しい父と母に育てられました。そんなこんなで気づいた頃には私はすでに本州にいました。

小学生の時私の人生を変えてくれたスポーツがあります。それが器械体操です。初めはただトランポリンが飛びたくて小学校1年生で習い始め、3年生の時には厳しい練習で毎日泣いて帰り何度も挫折しかけていました。「もう辞めたい」「やだやだ」と毎日行きの車の中で母に言いながら体操クラブに通っていた事を今でも覚えています。笑


それから小中と体操を続け、身体を痛めながらもなんとか高校からは1人で新天地の山形の高校へ進学が決まり、体操を頑張っていくことに決めました。ただそう簡単には上手くいかず1年生の夏には手首を骨折し、冬には回っている時に肘から落ちてしまい肘を骨折してしまい前半はほぼ棒に振るってしまいました。「強くなるためにここに来たのに何で怪我ばっかりしてるんだろ、このまま高校生活が終わるんだろうな」と1年生の時点でやる気すらなくなって苦しい思いばかりでした。その後は少しの間どうやったら今日は練習しないで済むかだけを考えていました笑

2、3年生の時には手首の怪我が完治しないままでしたが、同級生の実力に追われ少し練習に火がつき、3年生の晴れ舞台であるインターハイには出場する事ができました。目標は決勝進出で惜しくも決勝にはいけませんでしたが、次の目標である国体での決勝進出に向けて練習に励もうとしていました。ですがこのインターハイ2日後に私は怪我に襲われました。そう、また骨折です。左足の指の骨を3本折ってしまう大怪我でした。「なんでこんな時に骨折なんだよ!今までの頑張り無駄じゃん!」レントゲン写真を見た時ハッキリと骨が折れているのが分かり私は絶望しました。。整形外科の先生には「全治3ヶ月だね」と言われ私は何も言葉がでませんでした。丁度3カ月後には愛媛で国体もあります。「もう大会にも出られないで引退するんだろうな。」12年間の体操人生で最もどん底に突き落とされた気分でした。3ヶ月ほど必死にリハビリに励み完治はしていなかったものの、無理やりでしたが国体には出場することができました。ですが結果は良い成績を残す事も出来ず痛みも残り、大学に進学する事も悩んでいました。

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「体操選手で活躍し生活していける人はほんのひと握りだし、違うことで活躍できることないかな」ふとそう考えました。その中でもリハビリでお世話になっていた理学療法士の方を見てこう思いました。「自分も選手としてではなく選手をサポートする側に立って、自分みたいに苦しんでいる選手を救いたい!1人でも多くの身体に困っている人たちを助けたい!」と、、
自分の体操人生ににけじめをつける瞬間でした。ある意味骨折をして良かったのかもしれません。笑


そこそこの実力で体操を続けていくよりも、サポートする側に立ち多くの人達を助ける方が絶対に楽しいし沢山活躍できると思いました。

実はインターハイ後に国立大学からも推薦のお話が来ていましたが、それを蹴ってまで「この職を目指したい!」という想いがありました。正直これは母にはすごい怒られました笑
ですがそれだけ本気で人生をかけて、そして自分が本当にやりたいことをするためにこの場所に立っています!!


私は「1人でも多くの困っている人達を助け、沢山の患者様に笑顔になってもらいたい!」これが1番の想いです!!

骨折や脱臼で困っている方やそれ以外の痛みで困っている方、悩みがある方はたくさんいるのではないでしょうか?私は骨折をした時に治療に専念出来なかったたため、後遺症が残ってしまい苦しい日々が続く事もありました。痛みを我慢して私と同じようなことになってほしくありません。このような症状が出ないように一人でも多くの患者様に痛みがとれることはもちろん、痛みのない日常が手に入ってほしい!そして今後もずっと楽しく過ごしていただきたいです!

痛みがあって困っている。やりたくてもできない事がある。どんなお悩みでも構いません!私たちが全力でサポートさせていただきます!

「もう整骨院に通わなくていい身体にできる」これが弊社の強みです。根本的にお身体を改善できるように一緒に頑張らせてください!

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